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【あみだ籤で国際親善】
 話は少し古くなるが、1986年、IIW 7年次東京大会の時、私は第T委員会の日本のデレゲートをしていた。委員会の最終日、委員全員を当夜の夕食に招待したいと申し出た。出席者から会費はどうなるかと質問が出た。こんな質問が出るとは思いもよらなかったので、一瞬たじろいだが「You are my guests.」と答えると、ほっとしたような雰囲気が流れると同時に、また、家族同伴でもよいかと質問が出た。OKと答えた途端、ほとんど全員が出席を申し出た。正確な人数は忘れたが、ポケット具合を含めて心積もりをしていた数を可成り上回っていた。

 オフィシャルな晩餐会ではないので、着席順などどうでもよかったかもしれないが矢張り気を使わなくてはならなかったし、単に知ったもの同士が固まって晩飯を食うのを助けるだけの結果に終わるようではせっかく招待する意味も少なくなってしまうと考えた。

 幹事の千北浩義君(故人)と鳩首相談をした結果、二人は大急ぎで浅草へ走り、日本の駄菓子、おもちゃ、500円ポケコンなど、千円程度の福袋を出席者の数だけそろえた。福袋は内容によって小さいものからかなり大きなものまでできたが、それらに連番をつけテーブル上に配置した。定刻がきたとき出席者にとりあえず任意の席についてもらったが、予想していたとおり知り合いの人たちがお互いにかたまって座った。 歓迎の辞の冒頭、私は切断専門屋であるので、申し訳ないが今夜は日本の伝統ゲームによって参加者のすべての仲を切断することの非礼をわびたいと挨拶し、私よりはるかに英語に堪能な千北君にあみだ籤と福袋の意味を説明してもらった。

 あみだ籤は何となく東洋の神秘と西洋的合理性を兼ね備えている。そして、誰しも大きな袋を望むのは人情である。各自、自分より前に引かれた線を丹念になぞりながら、祈るような真剣さで自分の線をこれまた丹念に引いていた。
 しかし、これらの祈りは、百日の説法屁一つである。最後に引いた小生の線一本で全員の夢はいとど無惨に打ち砕けたのである。
何の隠し事、トリックもなく、しかも全くオープンに全員の見守るなかで行われるくじ引きは、あみだ籤をのぞいて世界にはなさそうである。
 千北君がなぞり、自分の福袋と座席がきまるにしたがい、歓声、溜息が交互に入り交じったものであった。福袋の日本の駄菓子、おもちゃも彼らの想像をこえてトラヂショナルであったらしい。

 私たちのたくらみは大成功で、国籍、地位、夫婦、知人の仲を全く民主的に分断し、国際親善の場を提供することができたのである。

 ブッフェスタイルの食物をとりにきたついでに、私の所へ立ち寄ったあごひげ濃い北欧のゼントルマンがそっと耳うちした言葉、
「女房と離れて食う晩飯のなんとうまいものか Thank you very very much.」

<中西  實>




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